COLUMN
Case5:理事長の分掌変更と役員退職金否認リスク
先日、初めて訪問した一人医師医療法人のクリニックで院長とちょっと面白い話になりました。院長は61歳、クリニックはかなり高収益で医療法人はかなりの利益を計上し続けています。さらに院長はなかなかの生命保険好きで、生命保険をフル活用されていました(笑)
詳細は割愛しますが、高収益&生命保険フル活用ですから出口で相当額の役員退職慰労金を受け取る腹づもりでおられました。ところが、院長に誰も分掌変更に関する正確な情報提供をしておらず、まずはこの話で「え?」というリアクションが最初に来ました。
理事長や社長を退職して理事や取締役へ就任する際に高額な役員退職金を支給。この役員退職金は損金に計上し、その後は役員報酬を減額した上で、業務量も落として業務を継続。その後に理事や取締役を退任する際にもう一度、役員退職金を支払って法人は損金計上、個人は退職所得という「退職金2回受取り手法」です。
ただこれは、1回目の退職が「本当の退職」と見なされずに単なる分掌変更と認定される可能性が非常に高く、そうなると1回目に支給した役員退職金の損金参入が否認されて「役員賞与」という認定を受けるリスクが非常に高いという事です。
法人側では、生命保険等を解約した益金を役員退職金の損金で消しているつもりでも、退職金が賞与認定を受けると当然ながら損金参入は出来ません。さらに個人は賞与認定ですから総合課税となり、ダブルで税金が取られ、加算税+延滞税を考えるとほぼ100%に近い税金が追徴されるリスクです。
実際にこの院長も、2診体制にして週に数回の診察にすれば大丈夫と思っておられました・・・
分掌変更に関して言えば所得税基本通達30-1を確認しておく必要があります。
所得税基本通達30-1 (退職手当等の範囲)
退職手当等とは、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいう。したがって、退職に際し又は退職後に使用者等から支払われる給与で、その支払金額の計算基準等からみて、他の引き続き勤務している者に支払われる賞与等と同性質であるものは、退職手当等に該当しないことに留意する。
ここにある「本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもの」という定義がクセモノです。院長が週に数回診察をして、口座も実印も管理し、診療所の重要な意思決定に参画している状態は、「本来の退職」ではないですよね・・・
そして極め付けは、役員退職金の損金参入限度額の計算式における各指標の問題点です。特に功績倍率は非常に危うい話をすると頭を抱えて大きなため息をついておられました・・・
いままでの保険プランニングとタックスプランニング、そして医療法人とMS法人と個人におけるファイナンシャルプランニングが院長の中で音を立てて崩れていった様に感じました。すべての保険証券と設計書、医療法人とMS法人の申告書を持って来て広げながら対応策を共に考えておりました。
この中で一つ面白い話になったのが役員退職金と前払保険料の関係です。
仮に医療法人で付保していた生命保険をすべて解約すると解約返戻金が5億円あったとします。このうち、前払保険料としての資産計上額が2億円あったとします。
院長の腹づもりは、解約返戻金の5億円すべてを役員退職金として支給し、5億円を特別損失で計上、資産計上2億円との差額3億円は特別利益になるが、退職金損金と相殺。資産計上部分の2億円は前払保険料の取崩しとなるため、差額の2億円が損失計上とになり、これによって医療法人の出資持分評価を引き下げて一気にご子息へ持分を贈与するおつもりでした。
このプランニングの前提は、功績倍率を3倍と想定し、直前に役員報酬を一気に引き上げて5億円の役員退職金全額を損金参入するおつもりでしたが、これは否認されるリスクは相当高いと容易に想像出来ます。
その話をすると、
「本当に退職さえしておけば、個人での退職所得は否認されないので、法人の損金参入の問題だけで済みますよね?ならば益金計上分の3億円のうちどの程度否認されるか?ですから、法人はなんとかなりますよね?」
との反応がありました。
さすがは理数系のドクターです。お金の計算も得意なだけに損得勘定はすぐに働きます(笑)
退職金支給による出資持分評価の引き下げ効果は一旦置いておいて、分掌変更ではなく完全退職であれば、退職金損金についてはある程度資産計上額が積み上がるプランニングにしておくことで役員退職金損金参入額に対する「保険」になると話ながら思いました。
役員退職金の損金参入問題は、退職金積立における生命保険活用で解約時の益金が反対側で発生する事がメリットでもありリスクでもあります。特に高収益な(医療)法人の場合、税務署管内・国税局管内に同一業種・同一事業・同一規模のサンプル法人が少ない地方だと役員退職金の損金否認リスクはさらに高まります。
もちろん何度も書きますが、分掌変更ではなく完全引退が条件です。完全引退で、退職を否認されるのではなく退職金の損金参入額が論点になる場合には、ある程度資産計上がある生命保険を活用しておく事で、資産計上部分が「緩衝材」の役割を果たす効果が想定出来ます。
さらに持分あり医療法人においては、出資持分割合が社員総会における議決権割合に影響を及ぼしませんから、出資持分をせっせと生前贈与しておき、MS法人をしっかりと活用しつつ内部留保対策をしておけば、資産計上商品の活用が生存役員退職金積立のプランニングには重要だと気がつきました。
特に令和元年の法人税基本通達の改定により、生命保険における資産計上割合が高くなりましたので、これを逆手にとってプランニングすることで、大きな効果を出すことも可能かも知れません・・・・
<文責>
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