COLUMN
Case7:医療法人化が失敗だった事例
〈お客さま概要〉
業種:産婦人科クリニック(医療法人)
年商:5億円
理事長:40 歳後半男性
某県にある産婦人科クリニックの理事長より「役員報酬と教育資金について相談がしたい」とのお問い合わせをホームページ経由で頂き、訪問しました。
理事長は某病院の勤務医を経て、つとめていた病院の近くで独立開業されました。
その地方都市でお産を扱う唯一のクリニックという特殊事情もあり、開業当初からすごい勢いで収益が上がり、開業3年目には医療法人成りをされて、今年で開業5年目になります。
超多忙な産婦人科医ではありますが、現在は勤務医を一人確保されたこともあり、比較的落ち着いておられるために無事にアポイントをいただき、理事長・奥さまと私という3人で面談をさせていただきました。
理事長は「医業経営に強いコンサルタント」と思ってホームページに問い合わせをされた様でしたが、理事長との名刺交換ではいつもの通りに「医業・事業経営者専門の保険屋です」といって自己紹介をしました。
理事長と奥さまは多少、面を食らった表情をされていましたが、冒頭に「保険屋」ということをキチンと伝えするのが私の信条なので、これは常にお伝えしています。
そして席に座った後に、私の方から「まずはご情報の提供を……」といって、当時話題になっていました第七次医療法改正のポイントを説明しました。
多くの医療法人理事長と改正医療法をテーマにして面談をしていますが、会計事務所等から驚くほど情報提供を受けておらず、この理事長も興味深く聞いておられました。
この医療法人さんでは生命保険を使った医療法に抵触するプランは実行されていませんでしたが、ガバナンス強化についてはかなり真剣に聞いておられ、現在の社員構成や理事・監事の構成を聞かせていただきながらアドバイスをしていきました。
その中で理事長がポツリと「医療法人経営は大変ですね・・・」とため息混じりにおっしゃったので、その言葉を逃さず私から「医療法人にされたきっかけは何だったのですか?会計事務所からの提案ですか?」と問いかけました。
すると理事長から「いや、会計事務所は何も提案しない事務所で、税金計算だけです。友人の同級生から『税金対策に医療法人がよい』とアドバイスをされたので、会計事務所にお願いをして医療法人にしてもらったんです」と聞かされました。
私からは「そうでしたか・・・医療法人には一つ注意しなければならない点があるんです」と言って、いつも使っている個人診療所と医療法人の可処分所得の違いを説明する下記の資料を提示しました。
この資料に理事長と奥さまが異常に反応され、
「そうなんです。医療法人はたしかに税金は安くなるのですが、自由に使えるお金が減るんですよね・・・しかも医療法人に貯まるお金は退職まで自由に使えないことが分かって困っているんです。」
とおっしゃったので、畳み掛けるように私から
「その退職金は、基本的に自由に取って頂いて結構なのですが、法人において退職金全額が損金として認められるかどうか大丈夫ですかね・・・先生の場合、かなり高額な退職金支給になりそうですから、よほど腕のよい税理士先生じゃないと金額の一部を否認されるリスクがあると思いますよ。」
とお伝えすると、理事長は肩を落として「そうですか・・・」とだけおっしゃいました。
しばらく沈黙が続き、私もじっと黙っていると、しびれを切らしたように理事長から
「実は、先ほどのお話の通り医療法人に貯まる資金は自由に使えないことと退職時まで引き出せないことが分かったので、ちょうどいま、決算が終わり今期から役員報酬額を引き上げようと思っているんです」
とおっしゃいました。
「お幾らをお幾らまで引き上げられるおつもりですか?」と問いかけると「前期は月300万円だったのを、2,000万円にまで引き上げようと思っているんです」と言われビックリしました。
私の過去の経験では、一人医師医療法人の最高月額役員報酬は1,000万円で、これは税務調査にも耐えていた事例でしたが、それの倍額に設定しようとされていることに驚きました。
「税理士先生はOKされているのですか」と投げかけると「赤字にならなければ大丈夫と言われています」というさらに驚きの回答がきました。
「私は税理士ではありませんので・・・」とお断りをした上で
「法人税法に『不当に高額な役員報酬は損金に参入できない』という規定があります・・・。それを踏まえて税理士先生がそれで大丈夫とおっしゃっているのであれば、大丈夫なんでしょうね・・・・ただ私は、今まで1,000件近い開業医の先生と面談をしてきましたが、月額報酬1,000万円以上の先生にお会いしたことはありませんね・・・」とお伝えすると、さらに顔が曇っておられました。
さらに
「それだけ高額な役員報酬にすると、所得税+住民税の負担もかなり高額になりますから、医療法人にされたメリットがなくなってしまいますよ・・・それほどまでに役員報酬を高額な設定にされる理由は何ですか?」
と問いかけると、
「この地域は最近開発が進み、今後は若い世帯が増えていくのですが近隣に産婦人科医がなく、この地域の周産期医療を担い続けるには、息子を何としても医学部に入れたいと考えているんです。まだ小学六年生なので、本人はそこまでの自覚はないでしょうが、先日『僕もパパと同じお医者さんになりたい』と言ってくれたので、何としても医学部に入れるだけの準備をしておきたいと考えてのことなんです」
と嬉しそうにおっしゃいました。
この時に、それまで黙って私の話す内容を必死にメモを取っておられた奥さまが初めて口を開いて
「お恥ずかしながら息子の成績はあんまりよくありません・・・それを考えると、学費は幾ら用意しても足りないと思って、主人と話をして法人にお金を残すのであれば、学費用に個人に移したいと思ったんです」
とおっしゃいました。
私からは理事長と奥さまに「実は、役員報酬月額をそれほど上げなくても個人に資産移転ができる仕組みがあるんです。」とお伝えして、生命保険の活用術を説明しました。
さすがに口頭説明ではお二人とも十分に理解ができなかったようでしたので、次回に具体的な資料を使っての詳細説明と、医療法人でできる一般的な節税手法を解説した書籍をお持ちすることでご了承いただきました。
最後に理事長から、
「今日のお話を聞いて、目先の税額を安くしたいことたけを考えて医療法人にしたのは失敗だったと改めて思いました。とはいえせっかく法人化をしましたので、法人の運営・活用について今後ともアドバイスを頂けませんか?」
とおっしゃったので、私からは
「医療法人化のメリットは税軽減だけではありません。医業承継や附帯事業・分院展開などのメリットもあります。これからご一緒に活用方法を検討していきましょう」
とお応えしました。
そして帰り際に、玄関までお見送りにきて頂いた理事長と奥様から「今日はわざわざ大阪からお越しいただきましてありがとうございました。お会いできて本当に良かったです。これからも宜しくお願いします」と深々と頭を下げて御礼を言っていただき、2時間半の面談を終了しました。
開業医の先生方にとっては、個人のライフプランと医業のファイナンシャルプランニング、そして高額な税負担の対策を立案する際は全体から俯瞰をして検討する必要性を改めて感じた事案でした・・・
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<文責>
株式会社FPイノベーション
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